光画道

「Photo-graph」は「sha-shin」ではない。

【61】構図を意識するな 自分の感性にのみ集中せよ

時代が進化した現代は ジェンダーと同じように、photographに上手い画も下手な画も無い。

 

無理に上手くなる必要もない。

講師に習ってそれに迎合したり 社会に媚びて上手くなる必要はない。

習ったような構図が評価される時代ではない。

 

誰でも生来の芸術家であり、初心であったり 初心者のままのphotographに芸術性があるとされる時代にようやく成った。

 

例えば皆のお写んぽの会で、カメラ初心者の方が撮影した とんでもない位置に花が描き込まれた大胆で初心(うぶ)な画を拝見した。

すると。

とあるニワカ写真講師が「これは構図が良くないですね。花はこの位置にすると良いです」と言って、私の前で、他にも大衆が居る前で、20歳(はたち)前後のその女の子を辱(はずかし)めた。

 

すぐ私は そのように言って来た老害写真家を睨(ニラ)みつけて、

その子に「あなたらしい!いいね!そう描きたかった気持ち分かるよ!」と誉め称えた。

 

photographとは構図に従って撮るものではない。構図があって画があるのでは無い。

誰でも自分の画は自分の感性から出てくるものであって、自分の画が構図に支配されてはならない。

 

生まれ持った自然な画、その人がそう思って自然に出て来た画が一番良い。

現代は、初心の画こそが真に評価され、自らの感性でのみ描かれる事が重要視される時代になっている。

 

理解力の無い=芸術性に乏しい日本人の写真講師が「あなたのこの構図はダメですね」等と言って来たら、「あなたの(ピー)が(ピー)ですね」と言ってやって良い。

 

誰かが持ってきた構図という鋳型(イガタ)を葬り去り、

作者自身の第三の目、作者自身の審美眼によって撮影を愉しまれるべきだと言う時代になっている。

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2018 Nikon Z6 FTZ 1965 NIKKOR-Q Auto 135mm F3.5